浦和地方裁判所 平成4年(ワ)273号 判決 1995年11月24日
原告
菅野惣喜壽
同
菅野アヤ子
右両名訴訟代理人弁護士
小宮圭香
同
小宮清
同
桃川雅之
同
奥條晴雄
被告
全栄商事株式会社
右代表者代表取締役
加藤勝栄
被告
加藤勝栄
右両名訴訟代理人弁護士
上野秀雄
同
山岸憲司
被告
有限会社千葉住宅
右代表者代表取締役
千葉富男
右訴訟代理人弁護士
上野秀雄
被告
有限会社ワイエヌ企画
右代表者代表取締役
増田利夫
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告菅野惣喜壽に対し各自金八六八万四九三一円、原告菅野アヤ子に対し各自金八六八万四九三一円及び右各金員に対する平成七年五月三一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一1 原告らは、被告有限会社ワイエヌ企画(以下「被告ワイエヌ企画」という。)との間で、平成元年一一月一五日、別紙物件目録一1、2記載の各土地(以下「本件土地」という。)につき、代金は一億二七八〇万円として、手付金三五〇〇万円を契約締結時に支払い、残金を所有権移転登記及び土地引渡しと引換えに支払うとの約定で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
2 本件売買契約には、次の約定があった(以下、この各約定を特約①、②のようにいう。)。
① 本件土地につき、売主の責任において、買主の指定する設計図面に基づく建築確認を、平成二年六月末日までに取得する。
② 本件土地に建築確認が得られなかった場合には、本契約は白紙に戻し、売主は、受領済の金員に一割の利息を付けて買主に返還する。
③ 本件土地につき、売主の責任において、行政機関の指導に基づく擁壁工事を、本件土地北側公道面と等高に施工する。
④ 売主が本契約条項に違反して契約が解除されたときは、売主は、遅滞なく買主に対して手附金の倍額を支払う。
二 原告らは、本件売買契約締結の際、被告ワイエヌ企画に対し、手附金二五〇〇万円を交付した。
三 本件売買契約の仲介人である被告有限会社千葉住宅(以下「被告千葉住宅」という。)及び被告全栄商事株式会社(以下「被告全栄商事」という。)は、本件売買契約締結の際、原告らに対し、被告ワイエヌ企画の原告らに対する手附金二五〇〇万円の返還債務につき連帯保証した。
四1 被告ワイエヌ企画は、右①、③の約定に基づき、本件土地につき、農地転用許可を得て、本件土地に造成工事、擁壁工事、水道工事を施工して、原告らの指定する設計図面に基づいて建築確認を受けた上、原告らに引き渡す旨の合意をしたのであるから、農地転用許可を申請し、右各工事を施工し、かつ、建築確認申請をすべき義務があるところ、農地転用の許可申請をせず、右各工事を施工せず、建築確認の申請書も提出しないまま、約定期限である平成二年六月末日を経過させた。
2 原告らは、被告ワイエヌ企画に対し、平成三年三月一四日ころ到達の書面により、同月末日をもって本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
3 右解除により、特約④に従い、売主である被告ワイエヌ企画は、原告らに対し、受領済みの手附金の倍額五〇〇〇万円の支払義務を負うことになった。
五 仮に右三、四による債務不履行解除が認められないとしても、被告ワイエヌ企画は、結局、建築確認が受けられなかったのであるから、本件売買契約中の前記約定②に基づき、本件売買契約を白紙に戻し、手附金に一割の利息を付けて、原告らに返還すべき義務があるにもかかわらず、すみやかに右金員の支払いをしなかったのであるから、この金員不払は、本件売買契約の条項に違反するものであり、特約④の違約金条項が適用され、結局、被告ワイエヌ企画は、原告らに対し、手附金の倍額五〇〇〇万円の支払義務を負う。
六 原告らは、被告ワイエヌ企画に対し手附金二五〇〇万円の倍額五〇〇〇万円の償還を、被告千葉住宅及び同全栄商事に対し手附金二五〇〇万円の返還を、それぞれ請求した。
七1 被告全栄商事は、本件売買契約の仲介人として、本件売買契約締結に当たり、買主である被告ワイエヌ企画が約定期限である平成二年六月末日までに建築確認を取得したり、所有権を移転したりする可能性がないかきわめて少ないことを了知しながら、これができるものとして本件売買契約を成立させたものであるから、仲介人としての義務に違反したものというべきであり、その結果、手附金返還債務につき、売主である被告ワイエヌ企画と連帯して返還すべき債務を負ったものである。
2 被告加藤勝栄(以下「被告加藤」という。)は、当時、被告全栄商事の代表取締役であったところ、同被告が右のような債務を負担したのは、被告加藤の悪意又は重大な過失による任務の解怠に基づくものというべきであるから、被告加藤は、商法二六六条の三に基づき、原告らに対し、手付金相当額の損害賠償義務があるというべきである。
よって、原告らは、被告ら各自に対し、本件売買契約解除による原状回復請求(被告加藤以外につき)ないし商法二六六条の三による損害賠償請求(被告加藤につき)として、原告惣喜壽は手附金の内金八六八万四九三一円、同菅野アヤ子(以下「原告アヤ子」という。)も手附金の内金八六八万四九三一円及び右各金員に対する本件売買契約解除の後である平成七年五月三一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求原因の認否)
一 請求原因一1の事実及び同一2のうち特約①、③、④の約定があったことは認める。特約②の約定については、当初は無利息で手附を返還する約束だったのであり、これに一割の利息を付する合意は、当初の約定期間経過後に成立したものである。
二 同二の事実は認める。
三 同三の事実は認めるが、その趣旨は、手附金返還債務のうち、原告らが森谷から返還を受けられなかった残額についてのみ保証するというものである。
四 同四1の事実のうち、被告ワイエヌ企画が、本件土地につき農地転用許可申請をせず、擁壁等工事を施工せず、建築確認申請もしなかったことは認め、その余の主張は争う。
本件土地は、市街化調整区域内の農地であるが、これを公共事業による買収土地の代替地として取得する森谷侑一(以下「森谷」という。)名義であれば、建物の建築確認が取得しうるというので、転々と売買されてきたのであり、本件売買契約においても、建築確認を取得する義務を負っていたのは森谷であり、この点について被告ワイエヌ企画に債務不履行はない。しかも、森谷が、建築確認申請をして確認が得られるためには、買収担当官庁(埼玉県土木事務所又は南部河川改修事務所)において、森谷が本件土地を買収土地の代替地として取得することを了承して予算措置を講じることが前提となるところ、その前提が充たされないまま、一方的に確認申請したり、農地転用許可申請しても、その確認、許可が得られないことは明らかであり、期間内に確認申請、許可申請をしなかったことを債務不履行とするのは不合理である。
同四2の事実は認め、同四3の主張は争う。
五 同五のうち、被告ワイエヌ企画が手附金及びその一割の利息を直ちに支払わなかった事実は認めるが、その余の主張は争う。
六 同六の事実は認める。
七 同七のうち、被告加藤が被告全栄商事の代表者であったことは認めるが、その余の主張は争う。
(抗弁)
一 被告ワイエヌ企画と原告らとは、本件売買契約締結の際、本件土地につき、農地転用につき届出が受理されるか許可がなされること及び原告らの指定する設計図面に基づく建築確認がなされることを、本件売買契約の効力発生の条件とする旨の合意をした。
二1 被告ワイエヌ企画は、平成三年五月八日、原告らに対し、五〇〇万円を手附金の返還分として支払った。
2 森谷は、平成七年五月三一日、原告らに対し、訴訟上の和解による和解金として三七〇〇万円を支払ったが、これにより、被告ワイエヌ企画の手附金返還債務も消滅した。
すなわち、森谷は、被告ワイエヌ企画の原告らに対する手附金返還債務を担保するために、別紙物件目録二2記載の建物(以下「森谷建物」という。)に極度額三〇〇〇万円の根抵当権を設定していたが、森谷が提起したその設定登記抹消登記手続請求訴訟での和解に基づき、右和解金が支払われたのである。
(抗弁の認否)
一 抗弁一の事実は、否認する。
二1 同二1のうち、その日に五〇〇万円の支払があったことは認めるが、これが本件手附金の返還であるとの点は否認する。これは、違約金条項に基づく違約金二五〇〇万円の一部に充当されたものである。
2 同二2のうち、その日に森谷が原告らに対して和解金として三七〇〇万円を支払った事実は認めるが、これにより手附金返還債務が消滅したとの点は否認する。原告らは、被告ワイエヌ企画の債務不履行で本件売買契約を解除したことにより、被告ワイエヌ企画に対し、手附金返還債権二五〇〇万円と違約金債権二五〇〇万円の合計五〇〇〇万円とこれに対する平成三年四月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金債権を取得したのであり、原告らは、前記五〇〇万円を違約金債権に充当した上で、右和解金三七〇〇万円の弁済分を、平成七年五月三〇日までの遅延損害金債権、違約金債権、手附金返還債権の順に充当したものであって、その結果、手附金返還債権残額が、一七三六万九八六二円となったので、原告各自がその半額八六八万四三九一円ずつとこれらに対する和解金支払日である平成七年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を本件訴訟で請求しているのである。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 本件売買契約の成立及びその約定内容について
一 本件売買契約が締結されたこと及びその契約に特約①、③、④の各約定があったことは、当事者間に争いがない。しかし、原告主張の特約②については、本件土地につき、建築確認が得られないときには、本件売買契約を白紙に戻し、被告ワイエヌ企画が受領済みの金員を返還する旨の約定があったことは当事者間に争いがないが、その場合において、被告ワイエヌ企画がその金員の一割相当額の利息を支払うとの約定がなされたとの点については、証人臼井章(以下「証人臼井」という。)の証言中にはこれに沿う部分があるが、これに反する被告千葉住宅代表者、被告全栄商事代表者兼被告加藤本人(以下「被告加藤本人」という。)の各供述に照らし、直ちに信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえって、成立に争いがない甲第一号証、第二二号証、被告千葉住宅代表者、被告加藤本人の各供述によれば、当初、受領済み金員は無利息で返還する約定であったが、平成二年六月末日の約定期限を経過した後に、無利息を改めて、利息として受領済み金員の一割相当額を支払うとの合意が成立したことが認められる(以下の理由中では、これを特約②という。)。
二 被告らは、本件売買契約につき、本件土地の農地転用の届出受理ないし転用許可がなされること及び建築確認がなされることを効力発生の条件とする旨の合意があったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない(そもそも、被告らの主張が、その条件が成就しない以上、本件売買契約上の各約定につき何らの法的効力も発生しないとの趣旨であるとすれば、それは、停止条件付売買契約の法的性質を誤解したものであって失当である。すなわち、停止条件付売買契約において、契約当事者は、その契約締結により条件成就前にあっても、約定内容に従い権利義務関係に入ったのである。したがって、右権利義務関係に関する請求である本件において、被告の抗弁一は、そもそも主張自体失当というべきものである。)。
第二 被告ワイエヌ企画の債務不履行の有無について
一 建築確認取得に関連する債務不履行の有無
1 被告ワイエヌ企画が、本件土地につき、農地転用許可の申請をせず、擁壁等工事も施工せず、建築確認の申請もしなかったことは、当事者間に争いがないところ、原告らは、これを被告ワイエヌ企画の債務不履行として本件売買契約を解除した上、特約④により手附金倍額の支払請求をなしうる場合に当たると主張するので、被告ワイエヌ企画の右不作為が、特約④を適用しうる債務不履行といえるかどうかを検討する必要がある。
2 ところで、本件売買契約においては、特約①により平成二年六月末日限り本件土地につき建築確認を取得すべき責任を、特約③により本件土地につき擁壁工事を施工すべき責任を、それぞれ被告ワイエヌ企画に負わせ、また、特約④により、同被告が契約条項に違反したために本件売買契約が解除されたときは、同被告は手附金の倍額を支払わなければならないとしながら、他方、特約②により、本件土地の建築確認が得られないときには、本件契約は白紙に戻るとし、この場合、被告ワイエヌ企画は受領済みの金員だけを返還すればよいものとしている。
そこで、前記不作為が右特約④を適用しうる債務不履行に当たるかどうかを検討するに当たっては、特約②の趣旨を解明する必要があるのであるが、特約②の趣旨は、本件売買契約締結当時の本件土地をめぐる権利関係の客観的な状況、本件売買契約締結にいたる交渉過程での説明内容及びそれに基づく契約当事者の認識内容等に照らして、解明しなければならないものであるから、以下、順次これらの点を検討する。
3(一) 本件売買契約締結当時の本件土地をめぐる権利関係の客観的な状況
いずれも成立に争いのない甲第九、第一〇号証、第一二号証、第一五号証、第二五号証の一、二、第二七、第二八号証、乙第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第四〇号証、証人森谷の証言、被告加藤本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 森谷は、昭和三八年ころから、別紙物件目録二1記載の土地(以下「本件買収予定地」という。)上に、森谷建物を順次建築してこれを所有していた。
(2) 森谷は、本件買収予定地が芝川河川改修事業に伴う買収計画予定地内に所在していたことから、昭和五八年ころから、右買収事務を担当する埼玉県南部河川改修事務所との間で、本件買収予定地に森谷が借地権を有することを前提にして、森谷建物及び右借地権の買収交渉をしていた。
(3) そして、森谷は、右借地権が買収されるときは、代替土地(所有権)を取得することを希望し、昭和五九年ころには、その代替土地として石井忠男(以下「石井」という。)の所有農地である本件土地を候補に挙げ、石井も、もし右買収が進めば、それに協力して、本件土地を売ることを承諾する意向を表明していた。そして、森谷は、本件土地の小作人にその場合の離作を承認させてその農地物保証代として三〇万円を支払い、また、平成元年一〇月三一日には、石井に対し、本件土地代金の前渡分として五〇〇万円を交付した。
(4) また、森谷は、前記事務所に対し、調整区域内の農地であるが現に森谷建物の建っている本件買収予定地(借地権)の代替地については、これが農地であり、市街化調整区域内にあったとしても、宅地への転用及び建物建築確認が得られるようにする方向で、交渉を進めていた。
(5) 他方、本件買収予定地の所有者である小島昌子(以下「小島」という。)は、当時、森谷の借地権につき、それがあるとしても一時使用の目的であるとしてその借地権割合を争っており、その土地買収対価の配分割合が確定していなかったため、森谷と前記事務所との買収交渉は、すぐに妥結に至ることが困難な状況にあった。
(6) 森谷が代表者であった鹿島住宅株式会社は、平成元年一〇月七日に、本件土地を堀切正義に売り渡す旨の売買契約(以下「第一売買」という。)を締結し、堀切正義は、同年一一月八日に、本件土地を被告ワイエヌ企画に売り渡す旨の売買契約(以下「第二売買」という。)を締結したが、右各売買契約において、いずれも売主の責任において建築確認を取得することが特約条項とされていた。
(7) なお、森谷は、平成六年一二月に至り、所有者小島から、埼玉県に本件買収予定地の借地権を三〇〇〇万円で売却することへの同意を得た。
(二) 本件売買契約締結に至るまでの交渉、説明内容
証人臼井の証言、原告アヤ子本人(後記信用しない部分を除く。)、被告千葉住宅代表者、被告加藤本人の各供述によれば、次の各事実が認められ、原告アヤ子の供述中、右認定に反する部分は直ちに信用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 原告惣喜壽は、不動産売買及び仲介業を営む有限会社菅野建設の代表者であり、原告アヤ子は、その妻であって宅地建物取引主任者の資格を有して同社の業務に従事していたが、原告らは、平成元年八月ころ、かねて知り合いの被告千葉住宅の代表者・千葉富男から、本件土地が建物建築可能な土地として売りに出ていることを知らされた。
(2) 原告らは、同月末ころ、仲介人である被告全栄商事、同千葉住宅の各代表者、売主である被告ワイエヌ企画代表者野口陽明、第一売買売主の森谷、第二売買売主の堀切のいる席で、本件土地は、市街化調整区域内の農地ではあるが、森谷の本件買収予定地借地権の代替地であるから、森谷名義であれば建築確認を得ることが可能であり、建築可能な土地として売買している等の前記(一)(1)ないし(6)の概略を説明され、本件買収予定土地や本件土地を現地確認の上、以後、数回の打合せを経て、買う意向を示した。
(三) 契約時の原告らの認識について
前掲甲第一号証、乙第三号証、いずれも成立に争いがない甲第一一号証、第一七号証、第二六号証、第二九号証、第三二、第三三号証、第三四号証(原告惣喜壽作成部分を除く。)、第三五号証、乙第二四号証、証人森谷、証人臼井の各証言、原告アヤ子本人、被告千葉住宅代表者、被告加藤本人の各供述によれば、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 原告らは、建物建築が可能な土地として、本件土地を買い受けようとしたのであるが、森谷や被告らの説明を聞いた結果、市街化調整区域内の農地である本件土地につき建築確認が得られるのは、森谷が河川改修のために買収される借地権付建物の代替地だからであり、森谷名義でしか建築確認申請を出すことができないこと、しかも、その建築確認を得るに至るまでには、種々の問題を解決する必要があることを理解した。
(2) そこで、原告らは、本件土地につき最終的に建築確認が受けられるのかどうかにつき疑問を持ち、建築確認が受けられずに売買契約が白紙に戻って手附金が返還される事態が生じる蓋然性が高いと考えたので、手附金の返還が確実に履行されるかどうかに不安を感じて、本件売買契約の締結に、なお躊躇を感じた。
(3) そこで、原告らは、被告千葉住宅、同全栄商事がワイエヌ企画の手附金返還債務を連帯保証することを求め、これを承諾させた。
(4) また、原告らは、売主の前々主であり、建築確認取得のために直接行動すべき立場にある森谷に対し、本件買収予定地上の森谷建物に、被告ワイエヌ企画の原告らに対する手附金返還債務等の債務を担保するため、根抵当権を設定させるように要求し、平成元年一一月一〇日、極度額三〇〇〇万円とする根抵当権の設定契約を承諾させて、同月一三日、その旨の登記を経由した。
(四) 確認申請にまで至らなかった事情及びその間の関係者の対応
前掲甲第一一号証、第一五号証、第二五号証の一、二、第二七、第二八号証、乙第四〇号証、証人森谷の証言、被告千葉住宅代表者の供述によれば、次の各事実が認められ、証人臼井の証言及び原告アヤ子本人の供述中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、直ちに信用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 森谷は、前判示のように本件土地の所有者石井や小作人と折衝して、本件土地の所有権取得については、相応な見通しがついた(同土地の小作人には小作権の放棄をさせ、石井からその売渡しの承諾を得た。)。
(2) しかし、森谷は、肝心な本件買収予定地の借地権及びその地上の森谷建物の買収に関しては、土地所有者小島との間での借地権の存否や権利割合についての争いを容易に解決することができず、そのことが原因となって、約定期限である平成二年六月末が近づいても、県(南部河川改修事務所)との間で、どのような内容で、何時に買収に関する合意が成立するか目処が立たなかった。
(3) そこで、原告らは、右約定期限での履行は諦め、特に別の期限を定めることもないままに履行を待つことにしたが、そのかわり、特約②の場合に返還される受領済み金員(その時点での受領済み分は、手附金二五〇〇万円)に対し一割の利息を付けることに合意した。
(4) その後も、森谷は、右事務所との買収交渉を継続していたものの、土地所有者との紛争が解決しないため、平成三年三月末日に至っても買収内容、時期を具体化させることができなかった。
4 右3で認定した各事実からすると、被告ワイエヌ企画と原告らとは、市街化調整区域内の農地である本件土地につき、建物が建築可能なものとして売買したものであるが、本件売買契約締結に当たり、その建物建築を可能にする方策は、前々主である森谷の所有となった段階で同人名義で建築確認を得るしかないことを認識していたのであり、しかも、同人名義で建築確認を得るためには、調整区域内の農地であるが森谷建物が現に建築されている本件買収予定地(借地権)の買収内容が確定し、その代替地として扱われることにより、本件土地が市街化調整区域内の農地であるにもかかわらず、被買収者である森谷の申請により建築確認がなされるという手順が必要であることを当然の前提にしていたということができる。そうした事情から、原告らも、本当に建物が建築可能になるかどうかにつき半信半疑であり、特約②により、建築確認が得られずに本件売買契約が白紙に戻る(解除条件成就により効力を失う。)蓋然性が高いと認識したが、原告らの心配は、もっぱら、その場合に手附金の返還義務が間違いなく履行されるかどうかにあったのであり、したがつて、根抵当権の設定、連帯保証により、その履行確保が見込まれたことにより契約の締結を決意したのである。
そうであれば、本件特約②は、売主側の努力にもかかわらず、結局において建築確認が得られないときは(すなわち、建物建築可能な土地にならないときは)、本件売買契約は失効させ、受領済みの金員の返還のみで清算する趣旨であったと解すべきであり、約定期限が到来した段階で、売主側の努力の結果が、いまだ建築確認が得られていないことはもとより、そのために至る手順としてずっと前の段階に止まっていたとしても、建築確認を得る見込みがあるにもかかわらず、その努力を放棄したとみられるような特段の事情がないかぎり、売主たる被告ワイエヌ企画は、特約②の適用によって受領済み金員(手附金)の返還義務を負うだけであり、特約④の適用により手附金の倍額(手附金及びこれと同額の違約金)の支払義務を負うことはないものと解すべきである。
これに対し、原告らは、特約②が約定されたのは、建築確認自体は行政庁の処分であり売主側の努力だけで常に取得しうるものではないので、森谷が確認申請したのに結果的に建築確認が得られなかった場合を想定してのことであり、建築確認の取得が売主側の責任である以上、売主は、確認申請までを行う義務があり、これに至らなかった場合においては、売主の債務不履行として、特約④が適用されるべきであると主張する。しかし、特約②が約定された趣旨は前判示のとおりであって、建築確認は、本件買収予定地の買収が実行され、本件土地がその代替地であると取り扱われてはじめてその取得可能性が生じるのであってみれば、その前の段階で確認申請書を提出してみても、その受理すら覚束ないことは明らかであり、申請書を提出させなかったことを債務不履行とみて特約④を適用する余地はない。また、建物建築が可能な土地となる見込みがなければ、本件売買契約は白紙に戻すというのが特約②の趣旨である以上、建築確認が得られる見込みも立たない段階において、農地転用の届出ないし許可申請をし、また、特約③の擁壁工事の施工をすることは無意義なことであるから、これらをしなかったことが売主の債務不履行とし、特約④が適用されると解することも失当である(なお、被告加藤本人の供述及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二八、第二九号証によれば、被告ワイエヌ企画は、造成業者に本件土地の擁壁工事についての見積りをさせ、被告加藤を造成業者と共に本件土地に行かせていることが認められるから、被告ワイエヌ企画は本件土地の擁壁工事を施工するための準備行為をしていたということができるのであり、それが結局着工に至らなかったのは、建物建築が可能となるとの目処がつかなかったためであると推認されるのである。)。
5 そして、原告らは、約定の期限が経過した後も、特に新たな期限を指定せずに、売主側の努力に期待して建築確認取得を待ったが、本件買収予定地の所有者と森谷との間で、借地権の存否及びその割合につき争いがあり、右土地の権利関係が確定しないため、具体的な買収手続が進展しないまま、平成三年三月末日に至ったものであることは前判示のとおりであり、被告ワイエヌ企画や森谷が、建築確認を得る見込みがあるにもかかわらず、その努力を放棄したとみられるような特段の事情を認めるに足りる証拠はないのであるから、結局、被告ワイエヌ企画に特約④が適用されるような債務不履行行為があったということはできないというべきである。
6 以上のとおり、原告らが、建築確認取得がなされないことを理由に本件売買契約を解除したとしても、特約④を適用して、被告ワイエヌ企画に対して手附金の倍額の支払を求めることはできないのである。なお、成立に争いがない甲第四号証、乙第二五号証によれば、原告らは、右解除の意思表示をした通知書において、手附金とその一割相当分の計二七五〇万円及びこれに対する約定期限後の銀行金利8.9パーセント(一八三万円)と抵当権設定費用相当分の返還だけを求めたことが認められるのであって、この点からは、原告ら自身も、本件につき手附金の倍額請求をすることはできないことを前提に行動したとみることもできるのであり、前記の判断が正当なことを裏付けるものといえる。
二 手附金返還債務の不履行について
1 原告らが被告ワイエヌ企画に対し手附金二五〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがないところ、前判示のとおり建築確認が取得されないために特約②により本件売買契約が白紙に戻ったのであるから、被告ワイエヌ企画は右受領済み手附金二五〇〇万円に一割の利息相当分を加えた二七五〇万円を原告らに返還すべき義務を負ったというべきところ、被告ワイエヌ企画が直ちにその支払をしなかったことは、当事者間に争いがない。
2 原告らは、右支払遅滞も本件売買契約上の売主の債務不履行として、特約④が適用になり、これにより違約金分二五〇〇万円の支払義務が生じると主張するが、被告ワイエヌ企画に右二七五〇万円の返還債務が生じたのは、本件売買契約が白紙に戻った結果なのであるから、右返還債務の不履行につき、既に白紙に戻ったはずの本件売買契約の特約④を適用する余地はないというべきであり、採用することができない。
第三 支払金の弁済充当について
一 被告ワイエヌ企画の支払債務額
右第一で判示したとおり被告ワイエヌ企画は、本件売買契約が白紙に戻った結果、二七五〇万円の支払債務を負ったとみるべきところ、前掲甲第一号証、甲第四号証によれば、右債務には履行の期限の定めがないが、原告らは、被告ワイエヌ企画に対し、平成三年三月一四日付内容証明郵便により、同月末をもって本件売買契約を解除するとして右債務の履行を請求していることが認められ、右郵便は同月末以前には同被告に到達したと推認されるから、右債務は同月末の経過により遅滞に陥ったものというべきであり同被告は原告らに対して右債務金に対する同年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払債務を負うというべきである。
二 被告ワイエヌ企画の支払分の充当
被告ワイエヌ企画が、平成三年五月八日、原告らに対し五〇〇万円の支払をしたことは当事者間に争いがないところ、被告ワイエヌ企画が原告らに負っていた債務は右一の債務だけであるから、右債務に対して弁済されたものというべきであり、右支払は、まず遅延損害金(平成三年四月一日から同年五月八日までに発生した分)一四万三一五〇円に、次いで元金二七五〇万円の内金四八五万六八五〇円に、順次法定充当されたことになり、これにより残元金は二二六四万三一五〇円となったのである。
三 森谷の支払分の充当について
森谷が、平成七年五月三一日に、原告らに対し、和解金三七〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがないところ、その弁済充当に対する原告らの反論も、この和解金が被告ワイエヌ企画の原告らに対する債務に弁済充当されるべきものとして支払われたことを前提とするものである。
そして、被告ワイエヌ企画の支払債務残元金は二二六四万三一五〇円であり、これに対する平成三年五月九日から平成七年五月三一日までの遅延損害金債務の額は四五九万四五七五円であるから、右三七〇〇万円の支払により、右債務はすべて消滅したということができる。なお、原告らは、右支払につき、被告ワイエヌ企画の違約金債務にまず充当したと主張するが、そもそも被告ワイエヌ企画がそのような違約金債務を負っていないことは前判示のとおりであり、失当である。
第四 被告加藤の商法二六六条の三による責任について
この点に関する原告らの主張は、被告全栄商事が、原告らに対し、被告ワイエヌ企画の手附金返還債務の連帯保証責任を負っていることを前提とするところ、被告ワイエヌ企画の右債務が既に弁済により消滅したことは前判示のとおりであり、被告加藤に商法二六六条の三による責任があったとしても、これも消滅したというべきであるから、あえて、この点については、判断しない。
第五 結論
よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小林克已 裁判官豊田建夫 裁判官松下貴彦)
別紙物件目録<省略>